家族信託を活用した事業承継

前回、認知症対策として家族信託について、成年後見人制度との比較を中心にして家族信託の優位性をご紹介しました。

家族信託について

家族信託についてお話ししたいと思います。家族信託は相続・事業承継において、近年その利用件数が大きく伸びています。 目次 1 高齢化社会と認知症問題 2 成年後見制度…

今回は家族信託を活用したオーナー企業の事業承継の課題解決をご紹介します。

目次

=目次= 
1  事業承継の課題
 ① オーナーの認知症対策
 ② 後継者への自社株贈与対策
 ③ 後継者不在対策
 ④ オーナーの生活資金対策
 ⑤ 少数株主対策
2 家族信託を活用した一般的事業承継対策
3 家族信託を活用した少数株主対策
4 オーナーに家族信託を促す施策
5 まとめ

1.事業承継の課題

オーナー企業に見られる主な事業承継の課題は次のようなものです。

①オーナーの認知症対策
オーナーが認知症になると議決権行使ができなくなり、重要な経営判断、法律行為ができなくなる恐れがあります。後継者がいなければ経営が停滞して、最悪、廃業あるいは倒産のリスクが生じます。対策としてオーナーが認知症になる前に任意後見制度を活用して、オーナーが認知症を発症した時、任意後見人がオーナーに代わり経営の意思決定行うことが考えられますが、後継者が決まっており、その後継者が任意後見人として経営を行うケースでは任意後見制度は有効でしょうが、そもそも後継者がいないケースでは、任意後見人が適切に経営判断することは困難だと考えられます。 

②後継者への自社株贈与対策
業績向上と共に株価が上昇して、後継者に自社株を贈与すると贈与税が支払えない。
あるいは有償で譲渡するには後継者に資金がない、といった問題があります。
(ここでは事業承継税制の特例活用は考慮しません)

③後継者不在対策
 後継者が決まっていない、あるいは後継候補者はいるがまだ経営を任すには経験が不足しており教育が必要、といった理由から事業承継が進まないケースがあります。

④オーナーの資金対策
  オーナーの財産は自社株が中心で現預金はそれほど保有していないケースがよく見られます。
事業承継後も生活資金として配当金を受取りたいというニーズがあります。自社株はいずれ後継者に譲渡しなければならないことは理解しているものの、譲渡してしまうと配当金が受け取れなくなる、というオーナーの悩みです。

⑤少数株主対策
オーナー企業といいながら、株主がオーナーあるいは後継者だけでなく、元役員、現従業員、親戚等に分散している企業が多く見受けられます。株式を与えた時点ではそれなりに理由があり、持ち株数も少数で、オーナーとの絆もあったことから特に弊害が見られなかったとしても、時間の経過と共に、その少数株主の相続等によりオーナーにとって見知らぬ株主になっていることがあります。仮に少数しか株式保有していなくとも、会社法上の少数株主権を保有しているケースがあります。少数株主権には、役員の解任を求める権利、帳簿を閲覧できる権利等があります。少数株主権を盾に、会社に対し株式の高価買取りを要求してくることも考えられます。

2.家族信託を活用した一般的事業承継対策

家族信託を活用して自社株を受託者に信託することにより上記の課題を解決する効果が
期待できます。信託スキームとしては、委託者:オーナー 受託者:後継者 受益者:オーナーという
自益信託です。

株式の所有権は共益権(議決権等)と自益権(配当受取、残余財産分配権)に分かれますが、信託法上、共益兼は受託者に移転します。従い、オーナーが認知症になっても後継者が議決権行使により会社の経営意思決定を行うことができます。

又、委託者=受益者(自益信託)なので、オーナーが受益権者となり従来通り配当金を受取ることができます。自社株の名義は受託者である後継者に変わりますが贈与税は発生しません。何故なら、税務上は受益者を財産権者として課税対象にしますが、オーナーが自社株の所有者から受益者になっているので財産権は移転していないからです。

以上により、「1事業承継の課題」 ①オーナーの認知症対策と④オーナーの生活資金対策はOK,
②後継者への自社株贈与対策については、取敢えず資金の目処が付くまでの暫定措置ではありますが、贈与税は回避して経営意思決定を後継者に任せることができます。③後継者不在対策については、「4 オーナーに家族信託の活用を促す対策」で解説していますが、受託者に議決権が移転するが、一定の経営重要事項については議決権行使前にオーナーの同意を得ることを義務づける規定を信託契約に明記することでオーナーの不安を解消できます。⑤少数株主対策については、「3 家族信託を活用した少数株主対策」で解説します。

3.家族信託を活用した少数株主対策

この信託スキームは下図のとおりです。「2 家族信託を活用した一般的な事業承継対策」で解説しました信託スキームと異なる点は、全株主が株式を信託する多数の委託者と、受託者が個人ではなく一般社団法人にしていることです。多数の委託者を相手に比較的長期に渡り株式を集約するには、個人よりも法人の方が対応力でまさると考えられます。受託者個人では死亡等による受託者不在リスクを回避できます。

少数株主の株式も含めた議決権を集約できることになります。株主招集通知先も受託者である一般社団法人1名のみになります。少数株主権は当然にして受託者が持つことになります。

一般社団法人は社員(株式会社の株主に相当)2名以上、理事(株式会社の取締役に相当)1名
以上が必要となります。例えば、オーナーと後継者等の親族が社員となり、代表理事はオーナー、理事は
後継者がなり、実質的にはオーナーが議決権を行使できるようになります。

受託者を営利法人ではなく一般社団法人とする主な理由は、営利を目的にした信託行為は内閣総理
大臣の免許が必要となるからです。

信託契約後、オーナーあるいは後継者が少数株主の受益権を買取り、最低、特別決議に必要な2/3超の議決権を確保する、最終的には100%保有することを目標にします。ポイントは、オーナーが存命のうちに、できるだけ早く少数株主に信託契約を締結させることです。株式を分散させたオーナーの呼びかけであれば、少数株主は恩義を感じている者もいることでしょうから、信託に応じざるを得ないでしょう。又、少数株主の相続が発生する前に時間との勝負で信託を急ぐ必要があります。

4.オーナーに家族信託の活用を促す対策

以上、家族信託の有効性をお話しましたが、オーナーによっては家族信託をためらうケースがあります。自分の財産を受託者に取られる意識がある、後継者に経営を任せることに不安を覚える等の理由からです。

前者については信託契約を解除できる、後戻り可能な契約にすることでオーナーの不安が解消できます。又後者については下記3つの方法で対応できると考えます。
いずれにせよ、オーナーが高齢の場合は時間との勝負で事業承継を組成する必要があります。

方法1
後継者が未定、あるいは決まってはいるが、まだ経営を任せられないというケースでは、取敢えず停止条件付信託契約を締結することで、オーナーの不安を解消できます。即ち後継者が決まったら受託者を後継者にして信託が発効するという信託契約を締結しておきます。

方法2
議決権行使は後継者たる受託者に認めるが、重要な経営事項につては、オーナーの事前同意を取得する義務を契約に明記しておくものです。例えば、多額の投資、事業譲渡、解散、役員の選任・解任等の重要な経営決議事項です。この同意権によりオーナーの不安を解消できます。

方法3
受託者を一般社団法人にして、委託者であるオーナーが社団法人の代表理事として、議決権を実質的に行使できるようにします。これにより後継者に経営を任せられないといったオーナーの悩みを解消できます。(「3 家族信託を活用した少数株主対策」参照)

5.まとめ

事業承継にはさまざまな課題がありますが、オーナー企業最大の経営リスクは、後継者不在のままオーナーが認知症となり、経営の意思決定ができなくなることです。

取敢えず家族信託を組成してオーナーの認知症対策とし、組成後、後継者決定までの期間、後継予定者に安心して経営を任せられるまでの育成期間、あるいは少数株主からの株式買取りまでの暫定措置として活用できます。