中小企業の企業価値算定とM&Aの進め方 まとめ
これまでご説明してきました中小企業のM&Aについて、以下のような項目で
まとめてみました。
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1.中小企業の事業承継の現状
(株)東京商工リサーチ「2020年度 休廃業・解散件数 動向調査」によりますと、
(休廃業・解散とは倒産以外で事業活動を停止した企業という定義です)
中小企業の休廃業・解散件数は、ここ10年間で年3万件を超え、2016年から
2020年までは年間4万件を超えています。 (図表1)
又、休廃業・解散企業の代表者年齢の構成比を見ると、2013年度から
2020年度まで70代が増加傾向にあり2020年度はで42%を占めています。 (図表2)
さらに帝国データバンク「全国社長年齢分析」によりますと、代表者の高齢化が
進んでおり、2020年度では60.1歳とついに60歳代に達しています。(図表3)
代表者の事業承継は、①親族内承継、②役員・従業員承継、③社外への承継の
3つに大別されます。かつて親族内承継が90%以上を占めていましたが、
近年では②及び③の親族外承継が35%を越えています。(図表4)
2021年、中小企業庁から「中小M&A推進計画」が公表されました。
それによりますと、今後の中小企業M&A対象会社は60万件と予想しています。
当然ながら、中小企業の後継者問題は喫緊の課題です。
中小企業のM&Aは今後大きなマーケットになっていくと予想されています。
2.企業価値、事業価値、株主価値の関係
これから企業価値算定方法についてご説明しますが、先ず下の表にあるような
「価値」を整理します。左のBSを右のBSに組替えるイメージです。
事業価値とは事業から創出される価値。企業価値は事業価値に非事業用資産
(例えば遊休土地)・非事業用負債を含めた企業全体の価値です。
株主価値は、企業価値から有利子負債を控除した株主に帰属する価値です。
3.主な企業価値等算定方法
企業価値算定方法には大きく分けて3つ、コストアプローチ法、マーケットアプローチ法、
インカムアプローチ法があります。
コストアプローチは原価、マーケットアプローチは市場、インカムアプローチは収入にそれぞれ着目する
アプローチです。
コストアプローチ
企業の純資産を基準に株主価値を算定する方法で主に3つの方法があります。
一つが資産・負債を簿価で評価する、二つ目が時価で評価する、三つ目が
時価評価+営業権評価(例:営業利益×3年分)する方法です。
長所としては純資産をベースにするので客観性がありますが、静態的で成長企業に
とっては将来の収益力が適正に評価されない過小評価の可能性があります。
逆に衰退企業で収益性の低い企業は過大評価の可能性があります。
非上場企業の価値算定では三つ目の時価評価+営業権評価方式が
よく活用されます。私の経験では最も多く使いました。営業権評価分を
M&A利益で回収できれば、買収リスクは小さいという判断です。営業権評価が
3年分の営業利益という根拠は乏しく、当事者の力関係で増減します。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、株式市場やM&A市場の取引価格を基準として事業価値、
株主価値を算定します。主に3つあります。株式市価法、類似上場企業比準法、
類似取引比準法です。
株式市価法は評価対象企業が上場している場合の市場取引実績をベースにした
平均値等で株主価値を評価する方法です。長所は客観的、手続きが容易である
ことです。出来高の少ない株式の場合は調整が必要になります。
当然ですが非上場企業には適用できません。
類似上場企業比準方式は商品、規模、成長性、財務構成の類似性のある上場企業を
選定して評価対象会社と比較します。評価対象会社の株主価値を求める算定式として
評価会社の当期利益に類似上場企業のPER、PBRを掛けて算定します。
又、類似上場企業比準方式で事業価値を算定する場合は、評価対象会社のEBIT
(金利・税金控除前利益)に類似企業のEBIT倍率を掛けます。
類似上場企業比準方式の長所は、類似上場企業の株価倍率等を用いますので
客観的で手続きも比較的容易であることです。短所は類似上場企業の選定が
難しい、特に非上場企業を評価する場合の類似企業の選定は難しいです。
ベンチャー企業で利益は赤字ながら株式公開する企業を類似上場企業比準方式で評価
する場合に、EBIT倍率等を用いても評価がマイナスになることがあり売上高倍率
(事業価値÷売上高)が用いられることもあります
類似取引比準法は類似した買収事例と比較して算定します。破綻ゴルフ場、
パチンコ等の特定業界で、競争入札された売買価額、財務数値の情報を入手できる
場合に採用される手法ですので、客観的です。但し、日本では欧米のように
類似取引のデータベース化が進んでいないため一般的な手法ではありません。
インカムアプローチ
インカムアプローチは将来期待される収益やキャッシュフロー(以下、FCF)を基準として事業価値、
株主価値を算定します。代表的なものはDCF法と配当還元法です。DCF法は後ほど
事例研究でご説明します。配当還元法は将来の期待配当金をベースとして、少数株主の
株主価値として算定されます。
以下、比較表でまとめてみます。
この表では、それぞれの算定方法、長所、短所を比較しています。
参考)企業価値等評価と相続税非上場株式評価との対比
相続税の非上場株式評価は右図のようになっており、ほぼ選択の余地がありません。
評価方式の適用は、まず相続等によって取得する人がその会社の同族株主か否か、
次に会社の規模判定として従業員数等で大中小に分けます。さらに特定判定として、
財産の多くが株式や土地等である特殊な会社に該当しないかを判定します。
以上の判定を通して、下記の評価方式が適用されることになります。
4.DCF法に基づく企業価値等算定プロセス
以下のような算定プロセスになります。
1)各事業年度FCFの現在価値合計算定 (図表5)
過去の直近3~4事業年度分の損益計算書(以下、PL)と貸借対照表(以下、BS)
販売管理費明細、及び今後の事業計画(少なくとも)3事業年度の売上、経費、
利益目標資料をベースにして、様々な経営指標例えば、在庫期間、債権回収期間、
債務支払期間等の予想数値を確認して、将来のFCFを予想します。
FCF算定の具体的方法は 5.事例研究3)「予想FCF表作成」を参照願います。
FCF予想ができたら、一定の割引率で現在価値を計算します。ここでは5%の
割引率です。割引率については、3)割引率(WACC)の算定」参照願います。
1年後はFCF÷(1+r)、2年後(1+0.05)の2乗というように割り引きます。
言換えると、例えば1年後のFCF163を(1+r)で割ることは、0.952を掛ける
ことですので155になります。
2)継続価値(Terminal Value)の現在価値算定 (図表5)
企業は継続すると言う前提では、継続価値が必要になります。
この例では11年度以降の継続価値です。TV(ターミナルバリュ-)と呼ばれています。
これをどうやって求めるかは、等式①の両辺に(1+r)を掛けて②として、
②マイナス①の差引で求められます。
結論として、10年後のFCF373が11年後も成長無くそのまま継続するという場合、
10年後のFCF373を割引率5%で割った7460が継続価値になります。
この7460は10年後の継続価値ですので、現在価値に戻すため0.614を掛けますと
4580になります。
以上のFCFを合計すると7367になります。なお10年後のFCFが毎年成長する
場合は、図表5の(成長率gのケース)となります。
3)割引率(WACC)の算定 (図表6)
これまで割引率で現在価値を計算しました。そもそも割引率をどう求めるか、
という問題ですが、これはWACC(Weighted Average Cost of Capital)という
加重平均資本コストを使用します。少し専門的になるのでここはさらっと行きます。
WACCは株主と債権者が評価対象企業に求める投資期待利回りの加重平均値です。
図表6を見ます。黄色の網掛けのとおり、株主資本コストと有利子負債資本コストの
加重平均で求めます。
まず、株主資本コストです。投資家は国債等のリスクなし利回りに、リスクプレミアムを加えた
利回りを期待します。過去30~40年間の株式市場の平均リターンを参考に計算された
リスクプレミアムは5-6%と言われています。
まず、株主資本コストです。投資家は国債等のリスクなし利回りに、リスクプレミアムを加えた
利回りを期待します。過去30~40年間の株式市場の平均リターンを参考に計算された
リスクプレミアムは5-6%と言われています。
さらに業種によって価格変動率が株式市場全体に比較して異なりますので、
βと呼ばれる係数をリスクプレミアムに乗じます。景気の影響受けにくい安定した業績の
企業、例えば電鉄会社はブレが少ないのでβは低いです。
βが1.3の銘柄なら、市場が1%上昇すれば1.3%上昇するということになります。
β>1 株式市場全体(TOPIX)よりも投資期待利回りが高い企業(価格変動率が大きい)
β=1 株式市場全体と投資期待利回りが同じ企業
β<1 株式市場全体よりも投資期待利回りが低い企業
有利子負債資本コストは、主に「参考①~③」から採用されます。
そして、WACCは一番下にある加重平均値で求められます。
5.事例研究 DCF法に基づく企業価値等の算定
事業価値、企業価値、株主価値の算定プロセスを一つの事例でご説明します。
1)予想PL作成
過去のPL実績値、今後の事業計画をベースに予想PLを作成します。(図表7)
ここでは営業利益がFCF算定のポイントになります。
2)予想BS作成
予想PL及び重要な経営指標(債権回収期間、債務支払期間、在庫回転率等)を元に
予想BSを作成します。 (図表8)
3)予想FCF表作成
予想PLの営業利益に税率を掛けて税引後営業利益(ノーパットと呼びます)を
計算します。金利支払前利益ですから、債権者に帰属する有利子負債利子に
充てられるキャッシュフロー原資となります。
この税引後営業利益に、減価償却費(図表7 予想PL 参照)を
加算します。減価償却費は現金支出のない経費だからです。
次に経費計上していないが現金支出済の設備投資額を減算します。
例えばMar-25の設備投資額は、(図表8予想BS 青色の網掛け 参照)
Mar-25に計上された有形固定資産1386、無形固定資産39、長期前払費用77,
差入保証金924の合計2425から、同様にしてMar-24に計上された2356を
控除した69に、Mar-25で計上した減価償却費154を加算し223を求めます。
さらに運転資本増減は、キャッシュフローに影響(売上は営業利益に計上されますが、
代金が回収されず売掛金として残っていれば、その部分は現金入金がない)
しますから、これを加減算します。
例えばMar-25の運転資本は、(図表8予想BS 茶色の網掛け 参照)
運転資金308、売掛金116、棚卸資産616、その他流動資産254の合計から、
買掛金154、その他流動負債693を差引いて447となります。同様にして
Mar-24の運転資本は434となり、Mar-25の運転資本は13の増加になります。
(図表9)
4)事業価値 企業価値 株主価値の算定 (図表10)
先ず事業価値です。図表9の各年度FCFの現在価値を求めます。前提は
WACC5.3%、永久成長率0.5%として例えばMar-25のFCF476の現在価値は
408になります。
継続価値はMar-27のFCF508をベースにその後毎年0.5%成長するという前提で
FCF10683を算定します。各年度及び継続価値のFCF現在価値合計は10670と
なり、これで事業価値が算定されました。
次に企業価値です。先ず「2.企業価値、事業価値、株主価値の関係」を参照願います。
事業価値に非事業用資産を加えたものが企業価値でした。
この事例では、非事業用資産は「図表8 予想BS」のMar-22に計上された
余剰現預金1601とその他固定資産70になり、事業価値10670に加算して
企業価値は12341になります。
最後に株主価値です。「2.企業価値、事業価値、株主価値の関係」から
株主価値=企業価値-有利子負債です。「図表8 予想BS」のMar-22に計上された
短期借入金120,長期借入金70、リース債務305,その他固定負債120を
有利子負債として控除し、株主価値11726を算定します。 (図表10)
6.買手のM&A投資判断プロセス
図表11を参照願います。「M&A基本戦略と合致しているか」に始まって
「M&A実行後の経営見直し」までのプロセス概要です。赤文字で示しているのは、
私の失敗経験からきた教訓です。
不良債権の回収目的でM&Aしたものは失敗が多い。
取引先からの債権回収が滞ったために、取引先をM&Aしましたが、さらに損害を
大きくしました。
担当営業部門は、できるだけ貸倒れ債権を発生させたくないという事情から、
バラ色の事業計画を立て無理なM&Aをする場合がありますので要注意です。
こういう営業の「思惑」を防止する対策として、業績評価を連結決算ベースで
行うことにしました。つまり自部門とM&A先を合算して業績評価する制度です。
メーカーと合弁の場合、メーカーのコストセンターになる怖れがないか。
某メーカーの海外合弁会社に資本参加して苦い経験をしたことがあります。
共同出資パートナーである日本の親会社メーカーにとって、合弁会社は親会社の
コストセンターであり、必ずしも儲からなくともいいのです。コスト削減して安いA製品を
日本に輸入すればいいのです。
その親会社は製造用の原材料を提供して、「トレード」で儲かる。当社は商社という
立ち位置から、A製品を日本に輸入・販売して利益を得るので市況リスクにさらされる。
不幸にも、それまで定番であったA製品から、さらに機能性を高めた新製品に
市場はシフトしつつありました。
結局、A製品は販売不振になり過大な在庫を抱えることになってしまいました。
合弁会社は儲からないので、当社は合弁会社からの配当がありませんでした。
要するに当社にとって利益の源泉はA製品販売利益のみだったのです。
親会社は合弁会社から経営指導料も取っていました。メーカーの懐は深いです。
M&A先の社長個人色が強い場合は要注意
これについては、ご理解いただけるかと思います。
撤退のルールを明確化
不幸にしてM&A先の経営が不振になった場合、事業継続か、撤退して清算するか
他社に会社売却をするか、なかなか難しい判断になります。よくあるケースはズルズルと
追加支援をしてしまうことです。撤退損失を大きくしてしまうケースです。
M&A実行時に撤退ルールを明確にしておくことです。M&Aに限りません。
新規事業や債権回収全般に言えることですが、経営者・事業関係者は
「ここまで資金を注ぎ込んで、今更撤退できるか」という心理に陥り勝ちです。
損失が膨れるに従って問題案件ではなくなります。問題案件に触れることはタブーに
なるからです。私が見た大きな事業損失は正にこのパターンでした。どうしようもない
状況になってからの撤退の決断でした。
役員人事の重要性の認識
買収会社がM&A先に役員を派遣する場合、M&Aを推進した担当者orエースが
派遣されることが望ましいです。たらい回し人事は禁物です。
M&A先に派遣される役員等は敵地に乗込むので孤独です。親会社の支援が不可欠です。
7.買手のM&A判断基準
1)投資リスクの算定
図表12をご覧下さい。M&A投資 ケース1とケース2です。共に買収額は同じ
175ですが、結論としてケース2がケース1より良い案件です。
この事例では、投資利益率=M&A利益÷投資額 の計算に基づき、どちらも
29÷175=16.6%です。しかしリスクは投資額175ではありません。
私の経験では、M&A投資の判断基準として投資利益率は使いません。
何故なら、この16.6%は投資リスクが反映されていないからです。16.6%は単に
資金効率を示すものです。最悪のケースはリスク資産総額を失うことです。
そのM&A投資先のB/Sの総資産がリスクそのものです。
(但し、現預金及びその等価物を除き、各資産の資産性リスク度に応じて
掛け目を入れます。)
リスク資産総額はケース1で410、ケース2は200。投資リスクはケース1>ケース2です。
投資リスクとリターンを測る物差しは、投資リスク利益率=M&A利益÷リスク資産総額です。
投資リスク利益率は投資リスクに対するリターン率です。
投資リスク利益率は、ケース2が14.5%、ケース1は7%です。
当然ケース2がケース1より高いリターン率で良い案件ですが、投資判断基準として
投資リスク利益率をいくらにするか、重要な経営判断になります。
(図表12)
2)投資リターンの算定
1)の事例でM&A利益29とお話しましたが、この算定方法を図表13で
ご説明します。
投資リターンは単体決算と連結決算の2面でみます。投資リターンは、M&Aにより
買収企業、買収先企業が得る取引利益増加、両社のシナジー効果から得られる
利益(例えば、共同配送による運送コスト削減、物流倉庫共同使用による保管料削減、
共通仕入先からのバーゲニングパワーによるコストダウン等々)です。
A社が買収企業ですが、M&Aにより2025年度までに得られる利益として
①粗利益増加58、②買収先からの配当20,③A社で発生するシナジー利益31です。
一方、A社から買収先への出向者の給与については給与水準がA社>買収先の場合
A社は当該差額を出向者に補填しなければなりませんので、それが④▲16です。
以上により、A社単体の合計利益は93となります。
次に、買収先の営業利益を連結利益として取込みます。それが⑧120です。
一方、買収先の純資産(資本A/C)100を175で買収しましたので、差額75は
営業権として5年間で償却します。4年間合計で⑨▲60の償却費を計上します。
以上により買収先からの利益は60になります。
以上で、A社単体の利益と買収先利益を合算して連結営業利益は153となりますが、
連結営業利益を考える場合、A社が利益計上した買収先からの配当金20は控除します。
控除理由は、既に⑧で買収先の営業利益を取込済ですので、利益の二重計上を
避けるためです。以上により、投資リスク利益率は
2024年度迄の年平均連結営業利益29÷投資リスク投資額200=14.5%となります。
(図表13)