中小企業のM&Aの特徴
1.中小企業経営の現実
2021年、中小企業庁より「中小M&A推進計画」が公表されました。
それによりますと、今後の中小企業M&A対象会社は60万件と予想しています。
民間調査会社によれば、中小企業の休廃業・解散件数は、2016年から
2020年まで、年間4万件を超えています。
経営者の年齢分布はピークが1995年47歳、2018年69歳となっており、
23年間で大きく高齢化しています。
当然ながら、中小企業の後継者問題は喫緊の課題です。
事業承継の先は、①親族、②社内役職員、③第三者の3つに大別されますが、
かつては、親族内承継が9割以上を占めていましたが、近年では親族外承継が
3割を越えています。中小企業のM&Aは今後大きなマーケットになっていくと思います。
本日は、上記③即ち中小企業のM&Aについてお話ししたいと思います。
2.中小企業M&Aの特徴
上場企業のM&Aとは全く異なります。以下、問題点を列記します。
①株主管理の不備
真正の株主ではない所謂、名義株主の存在が見られます。1990年商法
改正前に設立された株式会社は7名の発起人が必要であったため、設立者が
知人・友人・親戚に名義を借りて株式を持ってもらったことが主な原因です。
実際に資金提供した事実等から真の株主を確認しますがが、それまでに大きな
労力を要するケースがあります。
名義人から相続を受けた自称株主の存在もやっかいです。
相続が発生した場合では、被相続人が所有していた株式の存在を
知らずに遺産分割協議が終了し誰が相続したのか分からないケース、あるいは
相続人の行方が分からないケース等々あり、株主が確定できないことがあります。
又、株式の管理が杜撰で株主台帳が整備されず、元株主の株式が移転しているにも
拘わらず、新株主が台帳に記帳されず元株主のまま放置されているようなケースが
あります。取締役会の譲渡承認記録があれば追跡できますが、そもそも議事録が
作成されていない会社も多く、追跡が困難なケースがあります。
ある会社の話です。過去には立派な株主台帳があり、しっかり記帳されて
いましたが、ある時点から後任の部長は台帳を管理せず簡便的に「株券預り証」で
管理していたため、誰がいつどれだけ売却・取得したかという一覧的な資料が
なかった事例がありました。
②消極的な経営公開
オーナーにとって会社は自分のものという意識が強く、上場企業のような
情報開示はあまり期待できません。社内諸規定はあるものの、重要事項は
実質オーナーの一存で決まり同族関係者で情報共有する、他の経営幹部は追認と
いうケースが多いです。
ある中堅造船会社で決算ヒアリングを行った時の話です。上場企業並みの
財務内容、業績を誇る地元名門企業です。営業担当部長に応対して頂きました。
途中、昼食を共にしながら営業部長は私に対して、正式な決算書を見たことが
ないので決算概要を教えて欲しいと依頼されたことがあり大変驚きました。
冗談のような本当の話です。
又、鉄鋼問屋の経理部長兼取締役との決算ヒアリングでの話です。仮払金が
〇億円程計上されていました。これは何ですか?と質問しましたら、
社長に聴いて欲しいとのこと。さらに、今後は公私混同しないように
私から社長を指導して欲しい、とのこと。大手企業から与信を審査されるの
ですから、審査担当者から注意してもらったら効果がある、と経理部長は
思ったのでしょう。因みに、〇億円はお妾さんへの支援でした。
もう一つ。ある呉服問屋の話です。地元の名門企業で先代社長は商工会議所で
重責を担っていた企業です。そこの現社長がホテル経営をしたい、ということで
建設資金融資とホテル経営のコンサルをお願いされた案件です。土地は自社所有で
繁華街の一等地にありました。
私が決算ヒアリングを担当しました。多くの財務内容等を確認して、最後に一つだけ
未確認事項がありました。現預金勘定に計上された〇億円の件です。
経理部長は社長に確認してくれ、ということで社長に確認すると当時の財テク、
特金ファントラで大きな損失を抱えて、現預金勘定を整理できない状況にあることが
分かりました。
③買収監査に必要な資料の不足
定款、取締役会等議事録、各契約関係書類が不備で買収監査に支障を来す例が
あります。
④非オーナー社長に要注意
後継者不在のオーナーは、適切な譲渡価額であれば会社を売却したいと
考えていますし、中小企業は一般的には譲渡制限会社のため敵対的買収も
殆どありませんので、M&A交渉は比較的円滑に進みます。
ただし、M&Aが円滑に進まないケースがあります。
例えば、先代社長時代からの古参役員が社長になっている場合に、M&A後は
買収側から新社長が選任されるケースでは、自分も大株主といったケースは別にして、
M&Aに協力しないことがあります。
当該社長が他の役員を扇動する、取締役会の株式譲渡承認を拒否するといった
リスクがあります。従い、買収側としては当該社長と株主や社内関係者との関係等を
しっかり把握し、M&A交渉のどの時点で当該社長の同意を得るのか、慎重な
見極めが求められます。
できれば一定期間、当該社長を顧問等で処遇することも必要です。
以上①から④までの問題は、中小企業であれば珍しくありません。
買収側としては、M&Aで期待される利益とリスクとのバランスで判断せざるを得ません。
⑤買収金額の算定方法
企業価値(株式価値)算定は様々ですが、中小企業で多く使われる算定方法は、
年倍法(時価純資産+営業利益×〇倍)です。
営業利益の他、経常利益、当期利益になる場合もあります。
買収側とすれば、〇年分の営業利益を達成すれば買収リスクはほぼない、という
分かりやすい算定方法なのでしょうが、理論的ではありません。
(余談その1)
上記①の株主台帳管理の不備に関連しますが、私の経験から見て「総務」と
いう部署は専門性が重視されず、雑務というイメージがあります。
第一線を退いた社員に総務でもやるか、という人事が行われると、社員は
士気が低下し総務の仕事に身が入らなくなるのではないかと思います。
総務を見ればその会社の経営が分かる、とある著名な経営コンサルタントの
話を思い出します。
(余談その2)
上記③の呉服問屋の社長の件です。決算ヒアリングの中間報告を上司の審査部長に
行った時の話です。社長面談で聞いた社長の趣味のことです。社長は馬が好きで
競走馬を所有しているという話を部長にしたところ「結構山気のある人物だな。
何か投資でもしていないか?」と直感的な感想を言われました。
部長は、前職で斜陽産業であった炭鉱関連の会社で労務管理をやった経歴を
お持ちでした。人員整理の修羅場を潜ってきた話をよく聞かされたものです。
特金ファントラの失敗が判明した時、私は部長の人を見る目の鋭さに感心したことを
今でも鮮明に覚えています。