後悔しない相続のための生前対策(その5)相続税対策
これまでご紹介した「後悔しない相続のための生前対策」は以下の通りです。
(その1)認知症対策
(その2)相続税節税対策として生前贈与により財産を減らす
(その3)相続税節税対策として現金を生命保険に変える
(その4)相続税節税対策として現金を不動産に変える
今回は「相続税節税対策としての課税特例の活用」を考えてみます。
下記、生前対策のフレームワークの赤文字が今回のテーマです。

以下、課税特例として、1.配偶者控除、2.小規模宅地等の特例、3.贈与税の配偶者控除、
4.障害者控除・未成年者控除、5.空き家の特例をご紹介します。
(目次)
- 配偶者控除
(1)概要
(2)事例
- 小規模宅地等の特例
(1)概要
(2)居住用宅地の適用要件
(3)小規模特例の留意点 - 贈与税の配偶者控除
(1)概要
(2)贈与税の配偶者控除の適用要件
(3)配偶者の配偶者控除の計算事例
(4)贈与税の配偶者控除の留意点 - 障害者控除・未成年者控除
(1)概要
(2)障害者控除を活用した相続税節税事例
5.空き家の特例
(1)概要
(2)空き家の特例の適用要件
6.まとめ
1.配偶者控除
(1)概要
被相続人の配偶者は、1億6000万円か法定相続分のいずれか多い額までは財産を相続しても
相続税はかかりません。これを配偶者控除といいます。この特例により、ほとんどの配偶者に
対する財産の承継には、相続税は課税されません。しかし注意すべき点があります。
以下の事例で見てみます。
(2)事例
相続人 母、長男 計2人が 被相続人父の相続をするとします。
最終的には、被相続人の父が保有する財産を、長男が取得することになるため、相続税が最も
低くなるように財産を承継することを検討します。
将来遺産分割をする際に、母が認知症を発症していることが懸念されるため、遺言書を作成する
ことになりました。遺言内容を決定するうえで、重要な点は母の死亡による長男の二次相続を
考慮して、トータルの相続税を最小化するためには、父の一時相続において、「母にどれだけ財産
を承継させるのが良いか」という点です。一時相続では、相続税の基礎控除は4200万円です。
(3000万円+600万円×法定相続人2人)
二次相続では長男だけが相続人ですから、基礎控除は3600万円に減少します。
一時相続で、母に多くの遺産相続をさせても、1億6000万円までは非課税ですから、母の
相続税はゼロになる可能性が高いです。しかし、母自身の名義で多くの財産を所有している場合、
二次相続では、一時相続で母が相続した財産と母自身の財産が合算されて、長男には多額の
相続税が課されることにもなりかねませんので、その場合には、二次相続までの予想される相続税を
計算して、一次相続での母への相続分を検討しなければなりません。
なお、この配偶者控除の軽減措置を受けるためには、相続税申告期限までに遺産分割協議が成立して
いなければなりません。
2.小規模宅地等の特例
(1)概要
小規模宅地等の特例(以下、「小規模特例」)とは、相続開始の直前において被相続人、又は
被相続人と生計を一にしていた被相続人の居住の用に供されていた宅地等のうち一定の要件の
下に、その宅地等のうち一定の面積までの部分については、相続税の課税価格に算入すべき価額の
計算上、一定の割合を減額できる制度です。
小規模特例が適用される宅地等は居住用、賃貸用土地、事業用土地が含まれますが、今回は
居住用宅地についてご説明します。かなり、減税の効果が大きいため、無駄なく利用することが必要です。
(2)居住用宅地の適用要件
適用対象者
① 被相続人の配偶者
② 被相続人と同居していた親族
但し、申告期限まで土地を持ち続け、建物に居住していること
③ 上記①と②に該当する法定相続人がいない場合で、被相続人と別居していた親族が取得し、その親族は3年以上賃貸住宅に住んでいること。
かつ、相続開始前3年以内に本人、配偶者、3親等の親族等が所有する家屋に住んでいないこと
適用対象の居住用宅地
面積:330㎡
減額割合:80%
※参考 賃貸用土地は面積200㎡ 減額割合50%、事業用土地は面積400㎡ 減額割合80%
老人ホームに入所していたため被相続人が居住しなくなった家屋の敷地について、以下の
要件を満たす場合は、小規模特例の適用が認められます。
① 被相続人に介護が必要なため入所したものであること
② 貸付などの用途に供されていないこと
なお、小規模特例は配偶者控除と同様に、相続税申告期限までに遺産分割協議が成立していなければ
なりません。
(3)小規模特例の留意点
配偶者控除でも説明しましたが、配偶者は小規模特例を使っても使わなくても、多くの場合は
相続税はゼロです。例えば長男が小規模特例を使えるのであれば、長男に相続税が発生する場合は
長男が小規模特例を活用すれば相続税を減らすことができます。
不動産を誰に相続させるべきかを検討する上で、小規模特例を誰が受けるべきか、慎重に検討しておく
ことが重要です。被相続人が次男と自宅で同居していたにもかかわらず、長男に相続させようとしても
小規模特例を受けることができません。
3.贈与税の配偶者控除
(1)概要
婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭の
贈与が行われた場合、贈与税申告をすることにより基礎控除額110万円の他に、最高2,000万円
計 2110万円まで控除できるという特例(以下、「贈与税の配偶者控除」)です。
(2)贈与税の配偶者控除の適用要件
① 夫婦の婚姻期間が20年を過ぎた後に贈与が行われたこと。
② 配偶者から贈与された財産が、居住用不動産※であることまたは居住用不動産を取得する
ための金銭であること。
③ 贈与を受けた年の翌年3月15日までに、贈与により取得した居住用不動産または贈与を
受けた金銭で取得した居住用不動産に、贈与を受けた者が現実に住んでおり、その後も引き続き住む
見込みであること。
注1)「居住用不動産」とは、専ら居住の用に供する土地もしくは土地の上に存する権利または家屋で
国内にあるものをいいます。
注2)贈与税の配偶者控除は、同じ配偶者からの贈与については一生に一度だけ適用を受けることができます。
(3)贈与税の配偶者控除の計算事例
被相続人:夫
相続人 配偶者と子供2・
相続財産 自宅2000万円(配偶者への生前贈与1/2実施後)
その他財産6000万円 計8000万円
2019年民法改正前
生前贈与分についても,特別受益として相続財産に加算される(特別受益の持ち戻し)ため, 配偶者の
遺産相続分は
(8,000万円+自宅の生前贈与加算2,000万円)×配偶者法定相続割合50%−2,000万円
=3,000万円となります。配偶者の最終取得額は相続分3000万円+生前贈与分2000万円=5000万円
でした。
2019年民法改正後
2019年民法法改正により、贈与税の配偶者控除について改正がありました。
改正により、生前贈与分は特別受益の持ち戻しをしなくてもよいことになりましたので、配偶者の
遺産相続分は
8,000万×配偶者相続割合50%=4,000万円となります。 (上記改正前に比べ1000万円増加)
従い、配偶者の最終取得額は、相続分4,000万円+生前贈与分2,000万円=6,000万円 となり,
より多くの財産を取得できることになりました。
(4)贈与税の配偶者控除の留意点
デメリット
①1.「配偶者控除」で解説しましたが、基本的には配偶者への相続税は非課税となるケースが多く、
贈与税の配偶者控除のメリットは少ないです。
②小規模特例との関係に注意
小規模特例との比較で、贈与税の配偶者控除が必ずしも有利とは限りません。
小規模特例の居住用宅地については最大で80%の評価減が可能です。
しかし、この特例は相続により取得した土地にのみ適用可能で、生前贈与された土地には適用できません。
相続で取得すれば最大80%の評価減が可能となり、相続税の負担を大きく軽減できます。
仮に、評価額2000万円の居住用不動産を、配偶者が小規模特例を使って相続すれば400万円の評価額で
③ 相続できます。生前贈与で取得しても、相続財産は400万円しか減らせません。(3) で解説しましたが、小規模特例を受けられる居住用資産である場合、贈与税の配偶者控除のメリットは少ないです。
④ 贈与税の配偶者控除を受けるために、居住用不動産を生前贈与されると、登録免許税2%と不動産取得税宅地は評価額の1/2に3%、家屋は評価額の3%)がかかりますが、相続であれば登録免許税は贈与の1/5、不動産取得税は非課税ですみます。さらに司法書士や税理士への報酬も相続に比べ贈与時に1回、余分にかかります。
メリット
贈与税の配偶者控除を受けるために、居住用不動産を生前贈与されても、特別受益として相続財産へ加算をする必要がないため、配偶者の相続分を減らさないメリットがあります。(相続トラブル回避)
4.障害者控除・未成年者控除
(1)概要
①障害者控除 :相続人が障害者である場合、障害者が満85歳になるまでの年数1年につき
10万円(特別障害者は20万円)の税額控除を受けられます。
②未成年者控除:
未成年者が満18歳になるまでの年数1年につき10万円の税額控除が受けられます。
注)障害者控除と未成年者控除に共通する留意点
控除を受けられる対象者の相続税額より控除額が大きい場合に、相続税額と控除可能額との差額は
対象者の扶養義務者※の相続税額から控除できます。但し、控除対象者が相続において遺産を受け
取っていることが前提ですので、未成年者とか障害者だから遺産は相続しない方がいい、という判断
ではなく、僅かでもいいので相続するようにしましょう。
※扶養義務者とは
配偶者、祖父母・父母・子・孫及び兄弟姉妹、並びに3親等内の親族で家庭裁判所が
扶養義務を負わせた者
(2)障害者控除を活用した相続税節税事例
相続財産 70,000千円
相続人 配偶者(障害者) 長男 長女 計3人

A) では、障害者である配偶者自身が相続をしなかったために、長男・長女
それぞれに1,125千円の納税額が発生しているのに対し、B)では配偶者自身が
わずかですが相続をしているので、配偶者自身で控除し切れなかった障害者控除額を
長男・長女が受けることができたため、共に納税額は発生しません。勿論、障害者には
多くの相続を行うことは財産管理面のリスクがありますので、注意が必要です。
5.空き家の特例
(1)概要
相続又は遺贈により取得した被相続人の居住用資産を売却した場合の譲渡益は、一定の要件の
もとに3000万円まで控除できます。通称「空き家特例」といいます。
(2)空き家特例の主な適用要件
①相続開始直前において被相続人が一人で居住していること
⑤ 相続開始から売却まで、貸付用又は居住用として利用されていないこと
⑥ 相続開始から3年を経過する年の12月31日までの譲渡であること
④譲渡時点で建物が耐震基準を満たすか、建物を取り壊した後の底地を譲渡すること
⑤譲渡の相手が配偶者、直系血族等特別の関係がある者でないこと 等
6.まとめ
今回ご紹介した「相続税の課税特例」に限りませんが、相続税対策は、生前に行うことが
重要です。例えば、配偶者への居住用不動産の贈与がその代表です。
小規模特例を活用する場合でも、誰が受けるべきか、そのためには誰と同居すべきか、
あるいは、同居しない子供が小規模特例を受けるためには、その子供が持家を取得せず、
賃貸住宅に住む、といった対策です。土地評価額の80%を減額できる大きな節税策ですので、
生前対策として十分に検討しておく必要があります。
また、配偶者控除や小規模特例は、遺産の分け方次第で相続税が大きく変わります。
相続人間で遺産分割協議が円滑に進まなければ、これらの節税策が達成できません。
日ごろから家族のコミュニケーションを図るようにしたいものです。